ミハエル・ヴィットマン Michael Wittmann
ティーガーエースとして日本では有名な武装親衛隊員。
本国のドイツでは親衛隊員という理由から、あまり知られていないという。
彼の輝かしい功績は偏に、「問題解決までのねばり」にある。
強力な敵に対して、単独であろうとも執拗に攻撃を繰り返し、敵の意図を挫くまで戦う精神が、彼に素晴しい戦功をもたらした。
彼の遺骨は、1983年道路工事中に発見され、現在はラ・カンプのドイツ軍戦没者墓地に埋葬されている。
ところで、マリナーズのイチローは、彼に風貌が似ていると思うのだが。
ヴィットマンとイチローは、共に大記録を打ち立てた人物だが、生き方、仕事への姿勢には共通点が多いように思える。
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戦闘終了後、放棄され子供たちの遊び場となったヤークトティーガー(Jagdtiger)Sd.Kfz.186。
日本人の戦争体験者は、戦争に纏わるものというとB-29という印象が強いようだが、ヨーロッパでは「戦車」という印象らしい。
バルカンクロイツのマークをつけたドイツ軍の戦車は、ヨーロッパ中を蹂躙し、「恐怖のナチスの軍隊」の象徴的存在だった。
遊ぶ子供たちにとってヤークトティーガーはどのような記憶で残ったのだろうか。
写真の車両だが、車体前部の下部に牽引用のロープが垂れている。
牽引を試みたようだが、放置されたようだ。
ティーガーⅡ系列は重量が過大で、エンジンやトランスミッションへの負荷が大きく機械故障が多かった。
さらに燃費も悪いため、損害を受けなくても燃料が尽きると放置するしかなかった。
■YouTube Get Inside the Tanks: Jagdtiger
KV1の模型で、対処法の検討だろうか。
3号戦車の42口径50ミリ砲ではKV1の装甲を打ち抜くのは至難の業であった。
100メートル以内の距離から20発命中させたが一発も貫通しなかったという事例がある。
貫通し易い覗き窓のスリットを近距離から砲撃し貫通させるか、キャタピラを狙い行動不能にし、88ミリ高射砲で仕留めるか。
60口径50ミリ砲を搭載したタイプでも近距離に接近する必要があった。
いずれにせよ3号戦車の火力では威力不足だった。
KVは、ドイツ戦車兵にとって厄介な相手であった。
3号戦車写真
突撃砲の車体後部に多数の擲弾兵を乗せている。
まさに装甲擲弾兵。
ドイツ軍歩兵にとって、突撃砲は最も身近な装甲戦闘車両であり。
歩兵にとっては頼りになる盾であり、矛であった。
3号突撃砲という名称は、4号戦車の車体を利用した突撃砲が生産されるようになり、区別しやすくするため、従来の3号戦車の車体を利用して生産されたタイプを、3号突撃砲と呼ぶようになった。
■ドイツ歩兵の盾 突撃砲 StuG
