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38cm突撃臼砲搭載自走砲、ストームタイガー(シュトゥルムティーガー)。
1945年4月、ドイツのマグデブルク近郊にあるエーベンドルフ(Ebendorf)でアメリカ軍によって鹵獲された際の撮影。
38cm突撃臼砲は海軍が対潜水艦用に開発した臼砲を陸用に転用したもので、重さ約350kgに達する砲弾(125kgの高性能炸薬を弾頭に充填)を発射し、最大射程は約5,600〜6,000m。
強力な成形炸薬弾を使用すれば、厚さ2.5mの強化コンクリートを貫通する能力を持っていた。
弾薬が非常に重いため、車体後部のクレーンを使って車内への補給作業を行う必要があり、車内に搭載できる弾薬数は14発に限られていた。
生産数は少なく、試作車を含めわずか18両(文献によっては19両)しか製造されなかった。

ストームタイガー写真


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MG42に赤外線暗視装置が付いている。
第二次世界大戦末期のドイツ軍で運用されたSd.Kfz. 251/20、通称「ウーフー(Uhu:ワシミミズク)」と呼ばれる夜戦用ハーフトラック。

この車両に搭載されている主な装備は、暗視スコープと機関銃。
暗視装置(FG 1250): 照射された赤外線を可視化するための画像変換器(スコープ)。
MG42機関銃: 暗視スコープと連動して、夜間でも正確な射撃が行えるようになっていた。

車体側面の表記について
写真の車体側面には、この車両のデータが記載されている。
Sd.Kfz. 251/20: 正式な形式番号
Leergew(自重): 7.8t
Nutzlast(積載量): 2.1t
Gesamtgew(総重量): 9.9t

この「ウーフー」は、1944年末から1945年にかけて少数(約60両程度)が生産され、暗視装置を装備したパンター戦車部隊の「目」として配備された。




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遠隔操縦式爆薬運搬車輌ボルクヴァルトIV(Borgward IV)は、弾薬運搬車としても使用された。
第653重戦車駆逐大隊(schwere Panzerjäger-Abteilung 653)のエレファントと弾薬運搬車ボルクヴァルトIV。
エレファントに搭載された8.8cm PaK 43の砲弾は1発が非常に大きく重いため、エレファントとボルクヴァルトIVを組み合わせ、弾薬補給車として活用した。

Ferdinand-Elefant エレファント その2

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Sdkfz251/17対空自走砲
Sd.Kfz.251装甲兵員輸送車に65口径2cm対空機関砲FlaK38を搭載した、高射砲部隊用の対空自走砲。
砲架を支える後部プラットフォームは、射撃時に作業スペースを確保するため、写真の車輛のように側面のフェンスを外側に倒せる構造になっていて、対空射撃だけでなく地上目標への水平射撃も可能だった。


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車体前面に補助装甲代わりにキャタピラをびっしり積んでいる。
戦闘室はそのまま、この部分の装甲は10ミリしかない。
小口径の砲でも直撃弾を食らえばひとたまりもない。

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終戦後にソ連軍や連合軍の調査団がドイツの兵器開発拠点や工場を接収・調査していた際に撮影された写真。
1945年~1946年に撮影された可能性が高い。
中央に見える赤褐色の車体はダイムラー・ベンツ社が設計したパンター戦車の試作型である VK 30.01(D) 。
赤色の塗装は錆止めの酸化鉄プライマーの色。
隣にある車体は、ポルシェ博士が設計したティーガー戦車の試作型である VK 45.01(P) (ティーガーP)の車体。
ベルリンのアルケット社(Alkett)の敷地内で撮影されたものと推定される。

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1940年の「フランス戦役」の一コマ。
道路脇の戦車は、フランス軍のルノー FT-17 軽戦車。
これは第一次世界大戦末期に実用化された非常に古い設計の戦車だが、第二次世界大戦勃発時にもフランス軍は旧式化したこの戦車を多数運用していた。
「BUHL」の標識は、フランス東部にあるビュール (Buhl) という地名(アルザス地方のオー=ラン県に存在)。背景に見えるなだらかな山や丘陵地帯は、同地域付近のヴォージュ山脈だろう。

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1943年3月、ドイツ北部のリューゲンヴァルデ射撃場において、アドルフ・ヒトラーが巨大列車砲、80cm列車砲(80 cm Kanone (E))を視察中の様子。
中央の革のコートがアドルフ・ヒトラー、右が軍需大臣のアルベルト・シュペーア

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ドイツ軍によって接収されたフランス製のルノー FT軽戦車(Renault FT)と、その傍らでポーズをとるドイツ軍の兵士たち。
背景に「ETOILE DU SUD(南の星)」「RESTAURANT CAFE BAR」といったフランス語の看板が見えることから、占領下のフランスの街角で撮影されたもの。
1940年のフランス降伏後、比較的平穏だった初期の占領期(1940年〜1941年頃)のスナップショット。
捕獲したルノー FT(Renault FT)は、第一次世界大戦でフランスが開発した「近代戦車の祖」とも言われる戦車。360度旋回可能な砲塔を世界で初めて本格採用した。
第二次世界大戦時にはすでに旧式化していたが、1940年のフランス戦でも現役で使用されており、フランス降伏後にドイツ軍が大量に接収した。
車体正面番号に「74 077」という数字は、ドイツ軍が書き込んだものではなく、フランス軍時代の登録番号(マトリキュール)。

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車体から垂直に伸びている太いポールは、この車両の最大の特徴である「フレームアンテナ(ベッドフレーム型アンテナ)」を支える支柱。
Sd.Kfz. 232は長距離通信用の無線機を搭載した指揮・偵察車両であるため、この巨大なアンテナを装備していた。

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ボールマウント型の機銃が搭載され歩兵制圧の能力が増した。
装甲車両の近接戦闘の戦闘能力は、機銃を搭載している場合とそうでない場合、全く違ってくる。

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後部の脱出口が開いているが、この開口はハッチ式ではなく単なる蓋で、脱出時には蓋を下に落として開口部より脱出した。
この蓋も厚さは後部装甲と同じように80ミリあり、かなりの重量だっただろう。

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シチリアかイタリア本土の撮影だろうか。
セモヴェンテ da 75/18 (セモベンテM40/M41)は、自走砲として性能が比較的良かったので、イタリアが降伏した後もドイツ軍が接収し使用していた。
「セモヴェンテ」はイタリア語で「自走式の(self-propelled)」の意味。

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手前の兵士が着用している迷彩のヘルメットカバーとスモック(迷彩外衣)のパターン形状から、武装親衛隊特有の「プラターネンムスター(スズカケノキ)」あるいは「アイヒェンラウプ(オークリーフ)」系統の迷彩と思われる。
当時の国防軍(Wehrmacht)が採用していた直線的な「スプリンター迷彩(破片迷彩)」とは異なり、境界線がぼやけた、あるいは斑点状の有機的なパターンが特徴。
これは武装親衛隊を象徴する迷彩服の一つ。

MG 42 機関銃を構えている。
MG 42 は第二次世界大戦を代表する傑作機関銃。
給弾されている7.92mmマウザー弾のベルトリンクが、銃の右側から垂れ下がっているのが見える。
この重厚感や金属の質感は、模型やディオラマ製作の際にも参考になりそう。

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マンシュタインは東部戦線の第11軍司令官時代、アインザッツグルッペンの虐殺行為を黙認し、目撃した将校に口止めしたという事実がある。
彼の軍人としての人生で最大の汚点であろう。
しかし、将軍としての軍事における戦略は、ドイツ陸軍最高の頭脳と評されてよい。
マンシュタインのような人物でさえ二面性を持っているのか・・・

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「チェコの車体にソ連の砲を載せて、ドイツ軍が使う」という多国籍なハイブリッド兵器がMarder III Sd.Kfz.139。

Marder (マルダー)写真

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「ヴェスペ Sd.Kfz.124(ドイツ語で『スズメバチ』)」は、旧式化したII号戦車の車体を流用し、10.5cm榴弾砲を搭載した自走砲 。

主砲(10.5cm leFH 18M)師団砲兵の主力である10.5cm軽榴弾砲をそのまま車載化したもので、歩兵部隊への直接的な火力支援から、後方からの間接射撃まで幅広く活躍した。

車体の特徴として重量バランスを整えるためにエンジンを車体中央へ移し、後部にオープントップ(天蓋のない)の戦闘室を設けている。
このコンパクトな車体に強力な火力を詰め込んだ姿は、機能美といえるのでは。
タミヤ模型から1/35の良質な模型が販売されている。

装甲師団の進撃に随伴し、機動力を活かして必要な場所に迅速に砲火を送り届ける「動く砲兵」として活躍した車両である。

Wespe ヴェスペ写真
Wespe ヴェスペ模型1/35 楽天市場

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第二次世界大戦末期の1945年4月、ドイツ・ウェストファリア地方のイゼルローン(Iserlohn)にて撮影された第512重戦車駆逐大隊・第1中隊所属車両。

Jagdtiger (ヤークトティーガー)

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兵士の装備と特徴

シルエットをぼかすための迷彩網(ヘルメットネット)が装着されている。これは草木を差し込んで偽装を強化するためのもの。
肩には主力小銃であるKar98kを担いでおり、腰にはその予備弾薬を収納する3連装のマガジンポーチを左右に装備している。

勲章(左胸のバッジ)
左胸には、歴戦の兵士であることを示す2つの勲章が確認できる。
一般突撃章(Allgemeines Sturmabzeichen):
歩兵突撃章の対象外となる工兵や対戦車砲兵、または装甲擲弾兵などが、異なる日に3回の突撃作戦に参加した際に授与されるもの。
戦傷章(Verwundetenabzeichen):
その下にあるのは戦傷章です。文字通り戦場で負傷した証であり、その負傷回数や程度によって黒・銀・金に分かれていた。

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ポンチョを縫っているドイツ人女性。
彼女たちが扱っているのは、ドイツ国防軍の標準的な装備品である「ツェルトバーン(Zeltbahn 31)」、いわゆる三角形の天幕(ポンチョ)。
このポンチョは、複数を繋ぎ合わせることでテントとして使用できるほか、中央の穴に頭を通すことでレインコートポンチョとしても機能した。
女性たちの左腕の袖章(鷲の紋章と文字)から、彼女たちは「ドイツ帝国郵便(Deutsche Reichspost)」の職員であることがわかる。
大戦中、郵便局員も国家の重要な労働力として動員されており、このような軍需品の生産や修繕作業に従事していた。


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ドイツ軍(国防軍)によって作成された、士気高揚と募兵を目的としたプロパガンダポスター

ドイツ語のスローガンの意味
Infanterie (オレンジ色の筆記体)「歩兵」。
KÖNIGIN ALLER WAFFEN (白色の活字体)直訳すると「すべての武器の女王」。
これは軍事的な慣用句で、戦争において最終的に陣地を占領し確保するのは歩兵であることから、歩兵を讃えて「戦場の女王」や「軍隊の華」といったところか。

ナチスポスター写真

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軽駆逐戦車ヘッツァー(Jagdpanzer 38(t))特殊車輌番号(Sd.Kfz.-Nummer)Sd.Kfz.138/2
当時ドイツ占領下にあったチェコスロバキア(現チェコ共和国)のプラハにあるBMM社の工場内、またはその周辺の敷地での撮影(1944年)。
この車両には、大戦末期のドイツ車両に特徴的な「アンブッシュ(待ち伏せ)迷彩」(Hinterhalt-Tarnung)が施されている。
この迷彩は工場で塗装されたもので、光の漏れを模したドット模様が特徴。

ヘッツアー写真

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 プロフィール
HN:
Heinz Wilhelm Guderian
性別:
男性
職業:
不動産賃貸業
自己紹介:
ドイツ第三帝国陸軍上級大将。
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